[寄稿]ベトナムと日本の架け橋として / チャオ・ベトナム No.35
発行者:ジャパ・ベトナム事務局 発行日:2008年4月5日

グエン・タック(Nguyen Ngoc Bich Tach)  
 私は1回目と2回目のチャリティ・コンサートを通じて、ジャパ・ベトナムの関係者の方に出会うことができて、とても嬉しく思いました。私が留学生として日本にやって来て,あっという間に10年が経ちました。この10年間は,私の人生にとって貴重な勉強の期間になっただけではなく、様々な経験もしてきました。
 10年間が長かったか、短かったか、どちらとも言えません。今まで幸せでしたかと質問されたら正直、答えられませんが、無駄な時間を過ごしたとは思っていないし、後悔したこともありません。逆に、ここまで色々なことを乗り越えられたのは、日本人の方々から応援して頂いたお陰だと思っています。日本に来たばかりの頃、初めてのアルバイト先で出会った年配の方から、進学先の大学の先生、シスターたちなど、そして今こういう仕事に関わって、関係者の皆さんから家族のような沢山の助けと優しい思いやり、厳しい指導を頂き、多くの方に見守られています。

*日本でベトナム人として感じたこと
 日本に留学することは、子供の頃からの夢でした。そして日本に来る前に描いた日本のイメージと今の日本は、大きな違いがあると感じています。今日本の社会は、「働く社会」になって、人々はロボットのように働いています。勿論これは「生活のためです」と、誰もそう答えるのですが、最近テレビや新聞で見るニュースは、本当に驚くほど、胸が痛い話ばかりでした。確かに日本での生活はとても便利ですが、その代償は、もっと大きいと思います。身勝手なことだと思われるかも知れませんが時々、外国人である私は、昔の日本に戻って欲しいと思うことがあります。


【ベトナム難民の子供たちと(中央が筆者)】
 今、「大事なことは何ですか」と聞かれても、答えられない人が、特に若者にたくさんいます。人間の思いやりなどは、多分どこかで、気づかないうちに無くしてしまっているではないでしょうか? 家族の絆、友達の友情、先生と生徒の間の尊敬の念、近所との関係など、様々な関係を軽視した社会になっていると思います。
 立派な家の中に、暖かい家庭の空気が感じられません。子供はアパートを借りて独立したい、あるいは自分の部屋で自分の世界にいたい。また、親は家族の生活のためという理由で、外での時間が多くなり、結局親子が顔を合わせる時間は短くなって、お互いのことを知ることが出来なくなってしまいます。また最近電車に乗ると、「私たちの命を大切に」、「自殺を防止しましょう」という看板が目に付きました。生きたい人が戦争や病気のために死んだり、殺されたりするのに、元気に生きられる人が自殺を考えてしまうのか、悲しいことです。よく考えてみると、現在日本で起こっている問題の原因は、殆ど家庭の問題です。勿論、社会からの影響も考えられますが、家族の影響が一番大きいと思います。
 人を愛することや、困っている人を助けること、目上の人に礼儀正しくすることや、人の痛みや悲しみを理解することなどは、学校で教えられることではないです。また、どんな理由があろうとも、自分の命は自分で決められるものではないということも、多分私たちは勘違いしていると思います。だから人々にもっと命の大切さに気付いてもらいたいと願っています。豊かな環境で生まれる人がいれば、貧しい環境で生まれる人もいます。だから、いろいろな経験をしないと、生きることの意味が分からないと思います。どんなことや、どんなものでも大事にする気持ちがあれば、そして人が困っていることが分かったら、誰だって助けたいという気持ちが自然に生まれるはずだと信じています。
 10人きょうだいの下から二人目に生まれた私は、1歳半の時に父が戦死して、政権が変わったために財産も没収されました。小、中学校の時に貧乏が原因でイジメを受けた経験もあります。でも、きょうだいの中で私と妹だけが、どうしてこんな生活をしなければならなかったのか、なぜ他の子供と同じことが出来なかったのかと思ったことは、一度もありませんでした。代わりに、ここまで一人で10人の子供を育ってくれた母に感謝するばかりでした。そして不思議なことに、塾に行ったことがない私たちですが、毎年、学校から賞状を頂きました。今振り返ってみると、多分その時の成績は、半分母のため、あとの半分は貧乏でも誇りがあることを、いじめた友達に証明したかったためかもしれません。今、家族はそれぞれ事業に成功していますが、誰も決して昔の苦労を忘れていません、苦労があったからこそ、今があると、いつもみんなで言っています。
*支援活動への思い
 私は日本の短大を卒業してから、他の留学生と同様に就職しようと考えていました。今、私は千葉県にあるNGO団体で、ベトナム支援プロジェクトを担当しています。今の仕事は、約7年前に始めましたが、これからも出来る限り、続けて行きたいと思っています。
 もし日本に来なかったら、支援活動の仕事を本格的にすることは無かったと思います。今の仕事から、NGOの意味や、支援活動とはどういう仕事なのか、たくさん勉強出来ました。私が学んだことは、支援を求める側と支援金を提供する側双方の考えを理解し、プロジェクトをまとめるために、どのように情報や資料を集め、言葉の壁を越えて説明すれば良いかということです。
 また、支援を求める側の意識を変えることも大事なことだと思います。「相手は金持ちだから、余ったお金を貧しい人に与えるのは当然だ」という考え方から、「自分達で出来る範囲の事は自分達で努力して行い、どうしても出来ない部分だけ支援をしてもらう」という意識にチェンジさせなければなりません。さらに、支援する側が、支援金の無駄使いがないと確認できるよう、明瞭な報告をしなければなりません。
 この仕事は、やっぱり楽な仕事ではありません。特に外国人である私には、上司に報告・説明する苦労が多かったです。言葉の違いもありますが、最も大きいのは、ベトナムと日本の政治体制の違い、日本ではあり得ないようなベトナムの法律、規則、習慣などが原因です。


 何でこの仕事を選んだのでしょう? もっと報酬が高く、制度も整っているところから誘われることもあるのです。友達からも「バカじゃないの?」と言われます。でも、自分でも解らないですが、辞めたくないのです。笑われるかもしれませんが、この仕事に誇りを持っています。こういう活動に興味をもって協力してくださる方、私たちと一緒に恵まれない子供たち、貧しい人々の不幸を分かち合ってくれる方、すべての皆さんに感謝します。皆さんの行動が、沢山の支援の源になることでしょう。今、私たちの行っている支援は、世界中の不幸な人々に対して、砂漠の砂の一粒のようなものにすぎませんが、きっと皆さんの心遣いやと行動の輪が大きく広がり、世界中の人の幸福につながると信じましょう。



【ティエンザン省で、奨学生やその親との交流】




本紙記載記事の無断転載を禁じます