2年前、ベトナムを訪れた時に、ホーチミン市内にある大きな建物に案内された。そこは35年前にイエズス会が運営していた学生センター、図書館、テレビセンターや大聖堂などだった。話によれば、この施設はベトナム戦争が終わったあとも若者に大変人気があり、いつも数百人が出入りしていた。ところが、共産党政権は1978年にその施設を接収し、一部のイエズス会神父を刑務所に送った。その後、ベトナム政府が宗教の自由を少しずつ認めるようになり、昔、接収した建物を返還する話が出てきて、交渉が始まった。10年がかりの交渉の結果、施設が返還された。しかし、建物の一部であるテレビスタジオを政府に「ただで」差し出さなければならなかった。
昨年末の12月30日、ベトナムのNguyen Tan Dung首相が、突然、ハノイのカトリック大司教館を訪れ、Ngo Quang Kiet大司教と非公式に会談した。その理由は、大司教がハノイのカトリック信者に送った12月15日付の書簡の中で、「1959年にベトナム政府が接収したハノイ市内のカトリック教会の土地と建物(バチカンのハノイ大使館だった場所)が一日も早く返還されるように」と祈ることを、信者に求めていたからである。その後、12月18日以降に何千人もの人たちが、毎日のように接収された建物まで行列を作って行進し、建物の前で聖歌を歌い、祈りを唱えていた。
ハノイ大司教と会談を行ったベトナム首相は、問題の場所まで大司教と一緒に歩こうと、自分から言い出した。建物のゲートはしまっていたが、そこで待っていた多くの信者は、二人を拍手で迎えた。Dung首相は、「ベトナム政府はこの建物と土地を返還する」と約束したといわれている。
さらに、今年1月11日、ホーチミン市内のレデンプトール会の教会に4,000人ほどの信者が集まり、前述のハノイのカトリック施設を教会に返還するよう求めて、キャンドルサービスが行われた。接収された施設の構内には国営の洋服工場が作られ、社宅の建設が始まっていたからである。信者の反対行動によって、いったんは建築工事が中止されたが、その後、何百人もの警備員が監視する中、建設が再開された。 |
しかし、1月31日、政府との交渉の結果、14,000平方メートルの施設と土地が、テト(旧正月)の後、教会に返還されることが、公式に約束された。現場では、多くの信者が有刺鉄線で囲まれた施設の前にテントを張って、祈りと聖歌を捧げ続けながら、交代で社宅の建設を監視している。2月26日のBBC
NEWSは、テトが終わった後も、ベトナムのカトリック教会が、この施設の返還を求め続けていると報道している。
工業用地の確保はベトナムの深刻な問題の一つだ。たびたび、十分な補償が行われないまま土地を奪われる農業関係者や少数民族の間で、大規模な反対運動が続いている。ベトナムでは、土地の所有権は全て国家にあり、団体であれ、個人であれ、土地を利用する権利があっても、法律的な所有権ではない。前述のハノイ市内のカトリック施設は、経済的にも大きな価値を持っている。最終的には、現政権の土地政策にもとづいた解決を迎えるだろうが、今まで長年、この土地を利用してきた政府当局者の利害関係も問題になるだろう。また、最近、ベトナム愛国仏教会が、フランス植民地以前には、この土地には寺が建っていたと主張して、仏教会に土地を返還するよう要求している。経済利権や宗教間の対立もからんで、この土地の問題はますます複雑化している
| <資料> |
*BBC NEWS、2008年2月26日
*ASIA FOCUS紙 2008年1月11日、
2月1日、8日、15日 |
ハノイ大聖堂(記事とは関係ありません)
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